8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

恩田陸『球形の季節』感想

 恩田陸さんの『球形の季節』を読みました。

 

球形の季節(新潮文庫)

球形の季節(新潮文庫)

 

 

 読書歴の中でも比較的初期の頃に読んだ一冊を再読しました。

 面白かった…。漠然と覚えていることもあったけれど、大部分が抜け落ちている中でパズルのピースを拾い集めるかの如く読む作業は楽しかったです。作中に登場する「るいす」のミルクティーが飲みたい飲みたいと思っていた小中学生時代でした。今や喫茶店に行くことも比較的容易になった社会人…。私のカフェ好きはここらへんのあこがれもあるやもしれません。

 この話は、学生時代に私自身も経験した「何者かになりたい自分」と「なれない自分」の葛藤、そして一地方都市の閉鎖性とどことなくのんびりした感じが化学反応を起こして生まれたものであると思っています。結果、ものすごく不穏で不安でドキドキして怖い小説でできてしまった。学園ものらしい他愛のないやりとりにニコニコすることもあれば、親が子を思うことの、狂気を孕んだ愛の断片に恐怖したり(私は自分の親が石をひたすら石を探すところを見たくありません)。この話、怖いんです。ホラーじゃないんですけれど、でも怖いってところが、魅力だと思います。

 定期的に戻ってくる作品だと思います。面白かったです。

森博嗣『魔剣天翔』感想

 森博嗣さんの『魔剣天翔』を読みました。

魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge (講談社文庫)

魔剣天翔 Cockpit on Knife Edge (講談社文庫)

 

 

 瀬在丸さんたちは大体危ない目にあっているのでひやひやするのですが、今作はあまり危ない目にあってなくて安心しました。私は瀬在丸紅子という登場人物に特に心惹かれてるので、つい彼女をフォーカスした感想になってしまいますが、今回は自分で死体を見たわけではなく、信頼できる他者の証言を元に推理を組み立てていきます。その推理力がかっこよいなぁと思いました。

 祖父江さんが一番揺らいでいて危なっかしくて可哀そうな人になってて(人を可哀そうがるのが嫌いだがそれでも可哀そうに思えてくる)祖父江さん、いいかげん幸せになれ、と思いました。とりあえず林さんのところから去るべきだよ、異動しな?

新井見枝香『本屋の新井』感想

 新井見枝香さんの『本屋の新井』を読みました。

 

本屋の新井

本屋の新井

 

 


 書店員さんって「本屋大賞」なんてあるのだもの、本が大好きで本屋さんが大好きで電子書籍には危機感を持っていて、というか出版業界に危機感を持っていて、「何かの」(何かの)最後の砦を守るのは私たち!みたいな強い意志がある人たちがたくさんなんでしょ、となんとなく思っていたのかもしれません。見事な偏見ですね。確かに新井さんは本が好きなのだろうなぁと思うのですが、別に「好き」って肩に力入れてむんむんで宣言することじゃないのかもね、なんて思わせてくれる、ゆるっとした書店員さんエッセイでした。読みやすい…と思ったら
 

私は、書店や書店員が特別なものだと思わせるような本を出すのが嫌だった。(p.180)

 
 とありましたので、対私においては大勝利だったと思います。

 話一つ一つ流れるようにスムーズに読んでしまったので覚えていることだけ。新井さんの手書きだと思うのですが、エッセイ一つひとつの題名がなんとも味わい深く好きな字だったのが印象的でした。この字でPOPとか書かれていらっしゃるのだろうか、想像できる…クレヨンで書いているのかなやさしい書き味…。

 書店が好きですけれど、そのサービスが当たり前だとは思わずに私も誰もかれもが心地よく利用できる空間であってほしいものです。想像力、持ちます。

島本理生『夏の裁断』感想

 島本理生さんの『夏の裁断』を読みました。

 

夏の裁断 (文春文庫)

夏の裁断 (文春文庫)

 

 

 私はほぼ毎週図書館に通うのだけど、手にとってはなんか違うな、とまた本を棚に戻す。そんなことを3回くらい繰り返しようやく借りることにした。結果読んでよかったと思うのだけど…(逆に「読んで駄目だった」と思う本はなかなか無い)。

 文庫版で借りる。「夏の裁断」だけでなく、秋冬春の章が追加されている。「夏の裁断」だけでもいいと思うけれど、その後春までの話を読んだ方が救いがある気がする。

 表紙とタイトルに惹かれた。蝉と足の甲。ふむ。それに夏の裁断、だって。いいなぁ…いいタイトルだと思う。

 

 わからないなと思う。でもわからないからと言って想像を怠ることは良くないと思っている。「読み手の恋愛経験によって感想が変わりそう」そんな感想をちらっとどこかで見たのだけれど本当にそうだと思う。そして私には引き出しとなる経験が皆無だ。わからない。わかる日が来るのか、来ないのかもわからない。

 千紘がどうして柴田のような人間に翻弄されることを許しているのか、わかるようでわからない。自分が千紘の立場だったら?柴田を拒めますか?いや、そもそも私はそんな人間と関わらない、柴田も私に声をかけない、そう思っているけれど、もし柴田が自分に声をかけて抱きついてきて、その時拒めますか?・・・。わからない。

 大学教授(千紘の学生時代の指導教官だろうか)との会話が印象的だった。「他者に自分を明け渡さないこと」「どうして自分の違和感をないがしろにするの?」ハッとした。そうだ。これは千紘だけにあてはまることじゃない。全人類に言えることだ。自分が自分であること。他者に弄ばれないこと。都合よくつかわれないこと。対等であること。教授に惚れている自分がいる。知性を尊ぶ傾向。穏やかな佇まい。私が欲している雰囲気。

 食べ物の描写が好きだ。食べ方が綺麗な猪俣君、かつおだしを使わないお隣さん。母親のきんぴらごぼう。味覚が感情とつながっている。

 さっきから「自炊」するために本を裁断する音が耳で鳴って仕方がない。じょきり、シュタッと切り落とされる本。官能的、と書かれていた。これはなんとなくわかる。体が疼く。そう考えれば「夏の裁断」はその章で完結しテンポが独特で小説なのだけど小説っぽくない。説明も少ないし、あ、独立している。秋冬春の章は、ゆったりと流れ連続し繋がっている小説っぽい話なのかもしれないなと思いました。やっぱり「夏の裁断」いいなぁと思いました。

 

森博嗣『月は幽咽のデバイス』感想

 森博嗣さんの『月は幽咽のデバイス』を読みました。

 

月は幽咽のデバイス (講談社文庫)

月は幽咽のデバイス (講談社文庫)

 

  

 読んだことを忘れ図書館の棚から引き抜いて借りてきてしまいました。そういうことがよくあるのです。読み始めて「ややや?これは知っているぞ」となりましたが、オチを忘れていたので問題なく楽しむことができました。

 いいですね。Vシリーズを読破しようとしているところなのです。ミステリとしてどうかというのは言いません。私は瀬在丸紅子や彼女を取り巻く人たち、そこで生まれる会話を楽しんでいるのですから。紅子さんは気を抜くと危ない目に遭いますし、みんな危険センサーの感度が悪いです。無頓着、無邪気というのがこのシリーズで生きる人々の良いところかもしれませんが、もう少し気を付けていただきたいなと思いました。2作目に引き続き登場した森川君は寡黙キャラとしてきちんと地位を作り上げているのが羨ましいです。私も喋りたくないです。無口になりたいです

江國香織『泣く大人』感想

 江國香織さんの『泣く大人』を読みました。

 

泣く大人 (角川文庫)

泣く大人 (角川文庫)

 

  世界への深いまなざし。きらきらしつつも派手な明るさはない。じんわりとするエッセイです。江國さんのエッセイ、好きだ。1篇まるまる何度も読み返したい!と思うものがたくさんあって困る。私の中でお気に入りは「秋の花の女」と「帽子」です。

 こんな風に世界を見つめてみたいし、それを書き出してみたい。憧れます。

彩瀬まる『桜の下で待っている』感想

 彩瀬まるさんの『桜の下で待っている』を読みました。

 

桜の下で待っている (実業之日本社文庫)

桜の下で待っている (実業之日本社文庫)

 

 

 彩瀬まるさんの小説を毎週のように借りる日々。好きな作家さんを見つけた瞬間というものはとても幸運だ。

 今までどの作家の本を一番読んできましたか?と聞かれたら、私は「恩田陸さんのです」と答えるでしょう。でも、「この作家さんらしい」という、そうだな「雰囲気」みたいなものを言語化するのは、少なくとも私は容易にできることではない。空気感を、言葉にならないものに言葉を与えるのはなかなか難しいことだ。

 彩瀬さんの小説は、ではどうなのだろうか。その著作をまだ読み始めた段階だけれど、「ああいいなぁ」と思うところはたくさんある。例えば優しいところ。例えば自然の描写が瑞々しいところ。例えば細部をきっちり書くことがあること。特に最後は、食べ物のメニューとか服とか、生活の細部を詳しく記述している一文を見るような気がする。私はそういう生活感、その人らしさ、価値観を感じさせる文章が好きなようなので、彩瀬さんの小説を読むのが楽しい。

 この作品とはあまり関係ないことを書いてしまった。

 この小説は「ふるさとの話」と解説に書かれていた気がする。確かにそうだ。短編がつらなって作られたこの小説。どれも家族の物語ではある。ただ私自身が「ふるさと」の考えが希薄なこともあり、それよりは「登場人物が自分の中の残像と向き合う瞬間を覗かせてもらっている」と感じた。その残像は、例えばこの世にはいない人、とか、これから出会う人、とか、今隣にいる人、とか。

 小説のいいところは、自分とまったく重ならなくても読めるということ。わからないけれど、もしかしたらわかる日が来るのかもしれないな、だといいな、と思いながら私は読みました。どの話も好きだけれど、今一番好きなのは『菜の花の家』です。瑞鳳殿、行ってみたい。