阿部潤『忘却のサチコ 1』感想

 阿部潤さんの『忘却のサチコ』第1巻を読みました。

 以前漫画喫茶で読んだことがあったし何なら7巻だけ持っている意味が分からない状態なのですが、このたび第1巻(こちらもこれだけ)を手に入れたので、読みなおしてみました。

 

あらすじ

佐々木幸子、29歳。職業、文芸誌編集者。

仕事は順調、結婚も決まり、

これまで完璧な人生を送ってきた。

あの日までは・・・!!

 

おいしいものを食べた時に得られる

“忘却”の瞬間を求めて、

ありとあらゆる美食を追いかける!!

絶品グルメ・コメディー、開幕!!

 だそうです。単行本の裏表紙に書かれているものをそのまま書き出しました。

 「あの日」がなんだったのかはさておき、なるほど「忘却」がテーマなのだな、と今気がつきました。タイトルにも「忘却」の文字が入っておりますが、「忘却」ね…。面白いです。

 

食べ物に限らず「忘却」できる何かを持とう

 サチコさんはあることがきっかけで、日常生活を送るなかで「煩悩」のようなものに襲われるようになってしまいます。煩悩のようなものと書きましたが、要は心ここにあらずの状態。仕事にも差支えが出て周りにも心配されるレベル。そんなサチコさんが束の間だとしても頭をまっさらにできる時間、それはとびっきり美味しいものを食べているとき…。ということで、話が進んでいく作品です。

 サチコさんはたまたま「美食」という手段に出会い、「忘却」することができる方法を図らずも知ることができたわけですが、別に「美食」に限らず、自分がどんな時に頭をまっさらにできるかを知ることは大切なことなのではないか、と思いました。例えばどんなときなのでしょう。私は運動しているときとか肉体を酷使しているときなど「忘却」しているかもしれませんね...。

 「忘却」の時を持たないと、人間は色々と不都合なことが起こりそう。ストレス発散という言葉もあるように、内に溜まった何かは放出しないとダメなものもあるのではないかと思います。

 

忘却の仕組み

 サチコさんの忘却っぷりをみてみると、忘却するには「集中力」が必要なのかなと思いました。夢中になること。目の前の対象にのみ意識を向けて、雑念を振り払うこと。美食については、とんでもなくおいしいことが集中力をもたらす存在なのでしょうな。

 

 

 グルメ漫画は世にたくさんあって、「その料理とてもおいしい」というシンプルなことを表現することは同じであるように思われるのに、そのシンプルなことに向かうアプローチが様々なのは、面白いところかもしれません。ただおいしいというよりも、説得力が増すからなのか。多くある作品を分けるのはそのアプローチの仕方、というのも面白いと思いました。

 

『忘却のサチコ 1』を読みました。

 

忘却のサチコ 1 (ビッグコミックス)