宮部みゆき『ペテロの葬列』感想

 宮部みゆきさんの『ペテロの葬列』を読みました。

 以下感想です。

 

ペテロの葬列

 

 690ページの長編。ボリューム満点な物語だったけれど読みごたえ抜群、特に読みにくいと感じることなくあっさりと読むことができました。そのあたりは宮部さんの文章力だと思います。「長いな」とネガティブに感じるとすれば、細かいところや前の方にあった記述をすっかり忘れてしまう、ということがありそう。できれば短い期間でがっと読んだ方がより楽しめる作品ではないかなと思います。とにもかくにも、濃密な読書体験を得られること間違いないです。

 

 話そのものは非常に書き方が重いわけではないけれど、内容はかなり重たいテーマだったと思います。宮部さんの現代に視点を当てた物語はかなり社会的な問題も取り上げているような気がしますし、とても考えさせられます。

 この本に限らず感じることですが、宮部さんの作品を読んでいると、良いことも悪いことも「連鎖する」ということを感じます。人から人へ。一人のなんてことない行動も実は繋がって繋がって大きな話に発展してしまう。この言葉を書きながら思いだすのは『英雄の書』の「英雄」の成り立ち。小さなものも積もりに積もれば大きなものになる。大きなものを打ち倒すには、小さなところから悪を取り払わないといけない。『ペテロの葬列』においては、「バスジャック犯」から会員に(なんの会員かは読んでのお楽しみ)。さらには、現在進行形で生きている善良な人間にも繋がり、、、、これも読んでのお楽しみ。バスジャックすらなかったら、、、という悲劇の連鎖もあるわけで。連鎖をどう絶つのか、そんなことを考えました。

 

 ただこの物語は希望も提示していて、それが救いでもあります。希望を私は「足立則生」氏だと考えていて。実際、バスジャックの事件と足立さんの事件は関係がないところではあるけれど、事件が生まれる背景は共通するところがあります。足立氏は自分で連鎖を断ち切る決断をし自分で生きることにした人。「佐藤一郎」は連鎖を悔い新たな連鎖を生み出した人。この2人の対比は考えたいところだなと感じました。足立さんに幸あれ。彼が再起への道を踏み出せたのは、これも人の力。些細なことなのかもしれない。小さなことかもしれないけれど、とにかくやっていくしか道はない。それが伝染を断つ方法、ということなのか。

 

 読みごたえ抜群。素晴らしい読書体験でした。 

 実は、この物語の最後はシリーズを読んでいる人もこの物語から読み始めた人もきっと驚く展開となっていて、私はその部分だけ読む前から知ってしまい大いに憤っていたのですが(何に憤っていたかはご推察にお任せします)最後まで物語を読むと、なんだか落ち着いてしまいました。そういうものなのかなと。この続きもあるようで、杉村さんがこの後どうなっているのか楽しみにしながら、次に物語を読もうと思います。『ペテロの葬列』はもう一度時間を空けて読みなおしたいです。

 

 ということで、宮部みゆきさんの『ペテロの葬列』を読みました。