米澤穂信『氷菓』感想

 米澤穂信さんの『氷菓』を再読しました。

氷菓 (角川文庫)

 

 

 『氷菓』というタイトルを初めて見た時、これはものすごくお堅そうな話だと思った気がする。この表現が妥当なのかはわからないけれど「古風」そうだな、と。実際読んでみると「ライトノベル」という位置づけみたいだけれど、奥ゆかしさもあり、さらにはアニメはそういう雰囲気を損なうことなく掬い取り表現されたものだったのだな、と感動してしまった。そう原作もアニメも、私は「古典部」の大ファンなのです。

 

 文庫で読んでいるとあまり感じないけれど、なぜか『氷菓』には感じてしまうところ。文字の書体が好きだ。余白と文字のフォントと大きさが、好き。手元にある異なる出版社の異なる作家の文庫本をぱらぱらとめくってみる。講談社文庫、新潮文庫、ポプラ文庫、、、、。どれも違う。へえ面白い。『氷菓』は比較するとフォントが古典作品ぽく、さらに大きさも小さいような気がする。気のせいかも。気のせいかもしれないけれど、物語の内容を相まってとても良い雰囲気がするのだ。

 

 話の内容については、何度も何度も読んできたことなので特にここでは言うことはない。『氷菓』という作品は「古典部シリーズ」の中でもぎゅぎゅぎゅと何かが濃縮されて煮詰まった作品だと思う。もちろん他の作品も無駄なところがあまりなく、パズルのピースのように部品が組み合わさっていく爽快感がたまらないけれど、殊に『氷菓』の濃さは尋常ではない。故に、この1作品で終わっても納得してしまうところだ。終わり方も見事だし。次へと物語が繋がれる期待もありつつ、繋がらないかもなと納得してしまう不思議な終わり方である、と何度目かの再読にして私はこのようなことを考えていた。

 

 折木君は「検討会」(なんの検討会かは伏せる)において、里志も言っていたように引き下がって何も知らない、進まない、選択肢だってあったはずなのに、進んだ。折木も自分がなぜそうしたのか言語化するのは難しいと言いつつ他者に言えるくらいには言葉にできている。折木は自分の意思で進んだ。でもそれは特に「劇的」なことではないと思うのだ。彼のなかで考えて考えてモヤモヤして考えて発酵して生まれた一歩だけれど、別に激しい何かじゃない。激しいといえば何だろう、大声で彼女に告白するとか?そう、勢いのようなものはない。ごくごく自然な一歩だった。

 何が言いたいのかわからなくなってきたけれど、人はついつい劇的な何かが起こるのではないか、そういう瞬間があるのではないかと期待するようなことがある気がする。でも、変化ってそんなドラマチックなことじゃない、ドラスティックなことでもない。緩やかでしんしんと流れる水みたいなものだと思う。いつのまにか変わっているものだ。人生何が起こるか、何が決定的なものになるかなんてわからないし、コントロールしようとしても無駄だな、なんてとりとめもないことを考えた、という感想でこの文章を終わりにします。

 アニメも時間があれば見返そう。

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