小野不由美『図南の翼』感想

 これが初めてではないけれど、やはり最後には泣いてしまう。

 

 小野不由美さんの『図南の翼』を読みました。

 

図南の翼 十二国記 (新潮文庫 お 37-59 十二国記)

 この物語は「十二国記」シリーズと呼ばれる物語群の1つです。よって「十二国」とは何か、そういうものがなければなかなか難しいかもしれませんが、いやこれを初めて読むのも悪く無いと思います。そうして「十二国記」シリーズにぜひハマってください。

 

 もう一度「初めて」の状態でこの物語を読みたい。殊晶(「しゅしょう」と読む)というわずか12歳の主人公が旅を経てどんなことを得て最終的にどこにたどり着くのか。知らないまま読んでみたい。「初めて」この作品を読む人が、心底羨ましいです。

 

 何度目かの読み直しで新たに気に入ったところを書いておきます。

 

 一言で言うと「知識は、強い」ということ。

 殊晶はある目的のために旅をするわけですが、その旅は身の危険が迫るとてつもなく険しいもの。自分の身ですら守れるかどうか怪しいのです。そんな極限状態において「学ぶ」ということや、人に教えを請うということについて、色々な人が登場してきては読者に投げかけるわけです。さて同じような状況になったとき「あなたはどうする?」と。殊晶は賢い少女でして、自分の周囲にある情報をただそのままにするのではなく、自分で咀嚼し体系づけていきます。ただ人に教えられて答えを教わっても、意味がない。自分のなかできちんと考え、それは一体どういうことなのか、という根底の部分まで理解しなければそれは「理解」とは言わないのです。そうして得た「知識」は、とても強い。強いというのがこの物語を読むとよくわかります。

 私もただ言われることをそのまま受け入れるのではなく、自分で一回考えて理解しなければいけないなと思いました。

 

 殊晶は自分の道理を貫く人ということも、よくわかりました。殊晶の旅の目的は最初から彼女が公言しているので明らかだけれど、それに至る過程は物語の終盤でやっと語られます。彼女なりに考え、自分でさえその道理に反していると思えばきちんと全うしないと気が済まない。そういうところが私からすると、時に非常に厳しい態度とも思えるのだけれど(殊晶は至極正論のことを主張するので)彼女の良いところなのだと思います。自分にも他人にも厳しいを、地で行く人です。自分の過ちを自分で正すことができる人なのです。

 

 殊晶のように、頑丘のように、そして彼らをニコニコと眺めつつ本人はまるで掴めない謎深き人物である利広のように、私も生きてみたいものです。

 

 

 小野不由美さんの『図南の翼』を、読みました。