小野不由美『月の影 影の海』上下 感想

小野不由美さんの『月の影 影の海』を読みました。

月の影 影の海〈上〉―十二国記 (新潮文庫)

月の影 影の海〈下〉―十二国記 (新潮文庫)

 

 

文庫で上下巻ですが比較的短いお話です。異世界ファンタジーに分類されると思うので、ファンタジー特有の設定や用語を覚えたり、世界を自分のなかで想像しながら読むことは必要かもしれませんが、私たちが生きる現代社会とまるっきりかけ離れた物語でもなく主人公の少女も日本人ですから(日本人ということにしておく)読みやすい方ではないかと思います。上橋菜穂子さんの「守り人シリーズ」の雰囲気が好きな人には、お薦めしたいです。

『月の影 影の海』は「十二国記シリーズ」と呼ばれる作品群の一番初めの物語です。2017年現在、シリーズは完結されておらず、今後も続くものと思われます(どこまで描かれるかはわからないし、いつ終わってもそれなりに納得ができるシリーズ群だと私は思いますが、もちろん出来ることならずっと続いてほしいと願っている大好きなシリーズです)。

 

あと。近年ベストセラーになった『嫌われる勇気』を読んだことがあり、考え方に多少馴染みがある人も読んでみたらいい気がします。アドラー心理学のアの字も物語中には出ませんが、通じる話が出てくるので。

 

なぜ『嫌われる勇気』の話が出たのかというと、以前、私が知人から勧められたからです。『嫌われる勇気』を読んで多少なりとも感じるものがあるのならば「十二国記シリーズ」読んでみたらいいんじゃない?と。

この「十二国記シリーズ」では、なんとなく『嫌われる勇気』に書かれていることが出てきているように思えるのです。

 

例えば、以前感想を書いた『図南の翼』では、神(と麒麟)がいる山を目指す厳しい道中で「他人の荷物を背負うことと自分の荷物を背負うことを混同してはいけない」ということが書かれていました。自分の面倒も見切れず他人の荷物を背負うのは自殺行為に等しいと。それは他者を救うことにはならないし、自分の命も投げ捨てることであると。他人の面倒をみたいのならば、まずは自分で自分の荷物を背負え。自分の荷物を背負おうとしないものを助けることなどできないのである。

これは、なんとなくですけれど「課題の分離」に似ています。他者の課題と自分の課題を分けること。他者の課題は他者に任せること。自分の領分を弁えること。

 

例えば、『月の影 影の海』においても、『嫌われる勇気』の気配がします。

主人公である陽子がこれまた厳しい道のりのなかである「考え」に達します。

作中の文章を引用します。

 

陽子自身が人を信じることと、人が陽子を裏切ることは何の関係もないはずだ。陽子自身が優しいことと他者が陽子に優しいことは、何の関係もないはずなのに。

 独りで独りで、この広い世界にたった独りで、助けてくれる人も、慰めてくれる人も、誰一人としていなくても。それでも陽子が他者を信じず卑怯に振る舞い、見捨てて逃げ、ましてや他者を害することの理由になどなるはずがないのに。

いい言葉だなと思います。他人がどう振る舞おうが、それは自分には関係ない。他人が優しくないからといって、自分も優しくしない理由にはならない。もっと強くなりたい。陽子はそう考えるのです。 

 

これらの考えの根本にあるのは、「他者は他者、自分は自分」という考え方です。自分の人生は自分で生きなさい。TOKIOの「宙船」の歌詞を借りると「その船を漕いでゆけ おまえの手で漕いでゆけ」ということだと思います。

 

 

主人公の陽子が何を以てこの考えに達したのかは、ぜひ物語を読んで感じていただきたいところです。

 

どんな環境で生きていても、どんなふうに生まれついても、どう生きるかは自分で変えられる。どう生きるかは自分で決められる。と思います。どう生きるかぐらいは自分で決めていいんじゃないかなとも思います。なんとなく。

そんな風に言う私も、死にそうになるぐらい落ち込むこともあって、そう思うたびに少しずつでもいいから強くなりたいなぁ、と思っています。

 

強く生きていきましょう。

 

 

小野不由美さんの『月の影 影の海』を読み終わりました。