8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

魅惑的な名前/恩田陸『蛇行する川のほとり』感想

恩田陸さんの『蛇行する川のほとり』を読みました。

蛇行する川のほとり (集英社文庫)

美しい少女たちのひと夏の記憶。曖昧な記憶。封じられた過去を思い出す物語。目撃者。観察者。立会人。3人の異なる人物の視点毎に分けられた章を見ることで、1つの出来事が多層化する形式。

恩田陸作品の登場人物たちは、きまって有能であるなと思います。そこが好きなところであり読んでいてストレスが少ないところであり、しかし自分はそんな有能な人物ではないというつらい事実を思い知らされることになります。

彼ら彼女らはとてもおしゃべりでよく考えます。それぞれ自分の世界観があって、そのどれもが私にとっては興味深く、また親近感が湧く捉え方です。だからここまでずっと読み続けている作家さんなのですが。

 

今回印象的だったのは、登場人物たちの名前が綺麗だったことです。

毬子、香澄、芳野、月彦、暁臣、宵子、萩野…。自分の名前など普段意識しないものですが、こんな素敵な名前だったらよかったのに、と今回は思ってしまいました。

 

また生活感がある描写が織り込まれていることも好きでした。演劇部の劇の背景を作るという合宿であって、そこは父親母親といった大人たち不在の空間。自分たちで料理もつくるわけですが、レモネードや紅茶にケーキ、駅弁に冷やし中華など、食べ物が挟み込まれていて良かったです。私はやっぱり食べ物が好きなのかな。そういう生活のちょっとしたシーンでわかることってあるから。

食事というのは、時に虚しくて、恥ずかしくて、哀しい。(p.172)

私が学生時代から憧れる世界がそこにはあって、近づきたいと思っていたけれどいつのまにか私は社会の構成員として働く身で。そういう感傷が湧いてきたのだけれど、どう処理していいかわからなくてうやむやにしてしまうくらい、私にはもうあの頃の鋭敏な感覚はないのだろうか。近づきたいけれど、無理だ。その諦念が大人になるってこと?そんなことを考えながら私はページを閉じました。面白かったです。これは手元に置いておきたい。

 

以上、恩田陸さんの『蛇行する川のほとり』を読み終えました。