8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

彩瀬まる『不在』感想

 彩瀬まるさんの『不在』を読みました。

 

不在

不在

 

 

 すごい話だった。妃美子と初めて会う場面、門扉を開けようとする妃美子とのやりとりに痺れた。多分あの瞬間が作中では初めてだったのではないか、主人公・明日香の暴力性が表出するのは。そこからどんどん悪くなっていく(悪いという表現をしていいかも難しいところだ。結局は良かったのだとしたら、それは「悪いこと」なのだろうか)。冬馬には「もうやめよう、あの家を片付けるのは」なんて言われてしまうし。家を片付ける=家族(明日香の場合は特に父親)を向き合う、であり、過去の整理、清算を意味しているようだ。でもタイミングが重なっている。父親が死んだことと編集者の緑川と会ったことが無ければこの物語は生まれなかったし、明日香は冬馬の言葉を借りれば、ゆくゆくは彼を殺していたのかもしれないなぁ…、と。だから明日香は救われたんじゃないか、と思っています。良かったなと。

 内なる衝動を持て余す、ということに関心がある。「思わず」な行動に。ついうっかり言ってしまった、というのは、でも何もなければ口からぽろっと出ることすらないと思うから、無意識にでもその人が見たり聞いたり思っていることなのだろう。それを制御することは難しいから、普段から何を自分に溜めこむのか、模倣するのか、を考えていくといいのではないか、なんてことを考えている。

 明日香はいわゆる「DV」の気がある人で、徐々に他人に対する暴力の衝動を抑えることができなくなる。いや違うな。彼女自身、力をふるっているという自覚が欠如している、ということが気になるのだ。

 理不尽な暴力に苦しむ人の話は、悲しいことにたくさん存在する。物語にもある。だけど、暴力をふるう側の話はどうしても少なくなる(何故?)許すつもりはないが、許してももらえるのかどうかは私の知ることではないが、暴力をふるうその瞬間に何があるのか気になる。自分がそんな衝動と無縁な聖人だとも思えないし。

 ということで、明日香がどんどん悪くなってくるあたりから「あー」とか「やー」と呻きながら面白く読ませていただきました。知っている人に読ませて読書会したい本です。

 

 あと単行本の装丁、好きです(愛のメッセージ)。使われているフォントなんなのだろう…(フォント特定職人になりたい)。文字がぱっきりしていてかっこよく「文字ある!」と思ったのは、読み終わって他の本を読んだ時でした。