8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

江國香織『なかなか暮れない夏の夕暮れ』感想

 江國香織さんの『なかなか暮れない夏の夕暮れ』を読みました。

 

なかなか暮れない夏の夕暮れ

なかなか暮れない夏の夕暮れ

 

 

 確かになかなか暮れない、というかなかなか終わらない。この小説、とても面白かったです。

 まずは稔(と茜)が読んでいる本が突如挟み込まれ、読み手である稔らの世界の記述なのか、読んでいる物語の世界なのか、その境界がはっきりしていなくて、場面転換がとても滑らかであること。大体は極寒のドイツ(だったっけか?)とか登場人物がカタカナ表記になったりとかそういう違いで「あ、本の世界ね」と気づくわけですが、要は一歩遅れて反応せざるを得ないわけでそれがなんとも面白い。物語と物語の中の本の世界だけでなく、物語でも稔視点、その元妻(元なのか?)渚視点、稔が所有するアパート(かな、マンションかな)の住居人、さやかやチカの視点、稔が経営するソフトクリーム屋の従業員である茜視点、稔の親友である大竹や淳子視点と、多くの登場人物の視点がそれこそテレビ番組の1カメ、2カメ、3カメみたいにブツブツと切り替わるから、読んでいてとても忙しい。なかなか混乱します。それが面白いと言えばそうですけれど。

 稔やその娘波十にとっての読書と私の読書、ちょっと違うような気がします。私はまだあそこまで深く潜る読書はできていません。でも、例えば手元で広げる本から顔を上げ(それこそ海に潜って魚を見つめていたところから、ざばっと外に出て空気を吸い込み太陽の光を浴びるように)「あ、電車に乗っていたんだ、乗換の駅で降りなきゃ、、、くっそう、、、続きが読みたい」みたいな恨みがましい感覚には覚えがあります。その感覚をちょっと残しておきながら読むと、稔の抱く感覚がより身近に掴めるのではないかと思いました。この本は読書家の本なのかなぁ…そんな風には読んでいなかったのですが。

 あとこの本のユニークなところは、起承転結があんまりないと感じること。ドラマチックなことが起こらない。淡々と始まり、淡々と終わる。残り100ページになって何か起こるかなぁ…と思いながら読んでいたのですが、何も起こりませんでした(ちょっとネタバレですねこれは)。でも、これはほとんどの日常を描いていると思います。そんな派手なことは滅多に起こりません。この小説はなんとなく始点と終点を作ってその期間に起こったことを書いているだけ。そんな風に思えるのです。でもその中に細かな面白さがあって、それを楽しめるのがこの本の良さではなかろうか、と思います。

 引っかかりが無いのでこれを書きながら、もう内容を忘れているのですが(←オイ)それはこの本が面白くなかったということを意味しているのではないと思います。読み手によって感想で取り上げるポイントが、面白いと思う部分が変わりそうな小説だなと思いました。