8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

宮部みゆき『英雄の書』感想

 宮部みゆきの『英雄の書』を読みました。

英雄の書(上) (新潮文庫)

英雄の書(下) (新潮文庫)

 

 とても好きな作品でして、定期的に読みたくなります。

 物語を綴る者の業や、「英雄」と呼ばれる存在の光と影、「英雄」を体現したくなる人間の性について読みながら考えるのでした。

(以下ネタバレ)

 

 

 

 

 

 

 

 友理子、いや、ユーリは彼女の旅の中で様々な出来事に出くわすけれど、その中でも印象に残っているのが、カタルハル僧院跡の地下深く、何重にも鉄格子をくぐった先に待ち構えているとある人物との対面です。このシーンは緊迫感が読んでいても伝わってきて、何度読んでも恐怖が薄らぐことがない。アッシュの乳兄弟であるキリクにとってのブラン師匠、友理子の兄・大樹にとっての水内一郎のように、誰かを「英雄」へと駆り立てるきっかけを作った存在がいて、これは現代にも当てはまることだなあと思います。その人自身は堕ちなくても、誰かを闇に堕とす無責任な人たちが。

 友理子が「不公平だよ!」と叫んだ気持ちもよくわかります。凄惨な事件、理不尽な出来事に見聞きするたびに、私は罪と罰について考えます。報道される事件は、決して他人事ではないのです。法とは何か、裁くとは何か、許しとは何か。答えはありませんが、考え続けたい事柄です。

 

 またいつかこの本を読み直す日が来るでしょう。いつ読んでもその度に発見がありますから。

デイヴィッド・ミッチェル『ボーン・クロックス』感想

 デイヴィッド・ミッチェル『ボーン・クロックス』を読みました。

ボーン・クロックス

 

 まず言っていい?

 この本は、私的ブックランキング2021年のトップ10に入ります!!!ぱちぱちぱち(日本では2020年刊行だけども)

 めっちゃ面白かった。本当に面白かった。長かったけど、夢中で読んだ。本当に夢中で読みました。定価で5400円するんですけど、これは買いだな~(図書館から借りて読みました)。そのうち自分で買います。ええ。買います。

 世界幻想文学大賞受賞ということで、私はここで「幻想文学とは?」という話になるのだけれど、おそらくこの本は「幻想文学?向こうから来い」という感じで、本当に幻想文学の方から『ボーン・クロックス』に寄ってきた、そういう感じがします。SFとも言えそうだし(言えないか)ファンタジーとも言えるし(それは言えそう)終末世界をえがいた話でもある。

 主人公であるホリー・サイクスが十代の頃、エスター・リトルと出会うシーンが何よりお気に入りだ。緑茶をもらうところ。その出会いの真の意味を知ることになるのはずっと後になるが、真実を知った時ゾクッとした。とんちんかんな会話をしてらあ、と思っていたけど、全然意味通じる、そういうことだったんだ…。あとはホリーの弟であるジャッコが彼女に迷路をプレゼントするところとかも。鳥肌です。

 この物語は<時計学者>と<隠者>という勢力の闘争の物語でもあるのだけど、結局は、ホリー・サイクスという一人の女性<ボーン・クロックス>の物語であるということが大きい。タイトルもこれ以上ないタイトルだと言えます。

 小説を読むことはいつも楽しくないわけではないけれど、『ボーン・クロックス』はかつて物語に心底夢中になっていたときの興奮を思い出させてくれました。幸せな読書体験でした。

『アンデルセン童話集 上』感想

 ハリー・クラーク絵『アンデルセン童話集 上』(荒俣弘訳)を読みました。

ハリー・クラーク絵 アンデルセン童話集 上 (文春文庫)

 

 私は『雪の女王』が読みたく、手を取りました。

 

ほくち箱

 しょっぱなから結構ブラック。魔法使いのおばあさんから主人公の兵隊がほくち箱を奪うのだけれど、魔女の首をバスッと切断しちゃうのはすごい。魔法のほくち箱があれば行く手を阻む障害は何のその、その後幸せに暮らしましたとさ、という話。童話には必ずしも教訓が込められているとも思っていないし、道徳的な部分を求めるのもちょっと違うか、と思いつつ、さてこの話を仮に子どもに読み聞かせたら何を話せばいいんだ?と困惑しそう。そこのジレンマに私たちの生きる世の常識が潜んでいる気がする。(魔法で幸せになったっていいじゃない)

 

大クラウスと小クラウス

 これもまたブラック。結構厳しい話です。話術に長けている、瞬時に機転を利かせられるというのは、それだけで得難い武器です。自分を救います。

 

おやゆび姫

 おやゆび姫は、ツバメの話だったんだなあ…というのが話を読んだ最初の感想。アンデルセンの童話には鳥が結構出てくる。日本の童話では鳥というのは意識されているだろうか。鶴のおんがえしとか、舌きり雀とか?おやゆび姫を連れてっちゃう蛙も駄目だが、ルッキズムについて結構しんどい気持ちになる。

 

旅の道連れ

 魔女である御姫様の趣味がすごくて彼女が愛でている庭の描写が最悪なのでぜひ読む際は注目してほしい。この庭だけでも頑張って実写化してほしい。この話は子どもにできる話(だから「子どもに読み聞かせられる話」と「そうでない話」の差は何だい?)

 

皇帝の新しい服

 『裸の王様』として知られている話。面白い。人間って昔から性質が変わらないんだな~ということがわかる良い話。自分も皇帝の周りにいる臣下と同じなんだろうな。臣下であるならばどうすればいいのだろうな。

 

幸福の長靴

 これだけ少し性質が異なる気がする。ちょっと読みにくい。

 

丈夫なすずの兵隊

 ロマンティックな話。捌いた魚からすずの兵隊が出てきたらびっくりするだろうな。すずは「鈴」ではなく「錫」である。

 

父さんのすることに間違いなし

 これもなかなか興味深いお話。

 

コウノトリ

 ブラックである。コウノトリは昔は身近な鳥だったのだろうか。現在の生息域は東アジアであって西洋では見られないのかなと思うのだが。そういう意味で余計に切ない。

 

みにくいアヒルの子

 おなじみの童話。生まれてきた環境でやいやい言われちゃうとそれが自分にとっての常識になるもんだよなー。この子は白鳥になって、幸せになったのかな。案外復讐心とかが強くて白鳥になった後もどろどろの物語になりそう。

 

ひつじ飼いの娘と煙突そうじ人

 ひつじ飼いの娘の気持ちにわかるが、それに翻弄される煙突そうじ人よ…でも引き返して良かったのだ。

 

モミの木

 切ない。クリスマスツリーを見てられない。

 

豚飼い王子

 どう読むかで色々感想が変わる気配がする。皮肉とはいえ100回キスをねだってもな…。そんなにキスしたいか?(要点ずらしの感想)

 

雪の女王 七つの話からできている物語

 スタジオジブリの『千と千尋の神隠し』は、『雪の女王』に通じるものがあるなあと思いました。川を流れる靴、誰かが繋いで繋いでガーダを運んでいく感じ、氷でかちこちに心が凍ってしまったカイはそのままハクのようだし、なんだかんだ面倒見てくれた山賊の娘は先輩のリンみたい。山賊の娘はリンみたいだけど、いや違う、彼女は湯婆の息子・坊だ。

 個人的にすごく面白いと感じたのは、ガーダは様々な女のところを転々とするところ。魔女に王女に山賊の娘にフィン人の女。『雪の女王』は女性の気配が濃い物語だ。

 

 なかなかに楽しく読めた。ハリー・クラークの絵もとても素敵。

宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』感想

 宮野真生子・磯野真穂『急に具合が悪くなる』を読みました。

急に具合が悪くなる

 

 私はタイトルを誤解した状態でこの本を手に取りました。

 人間は「急に具合が悪くなる」ことがあります。それはいわゆる「急変」と呼ばれる、生死にかかわる体調の急激なる悪化ではなく、どちらかと言えば精神的に追い込まれ急に体調が悪くなることがあるのではないか、と。それはどういう現象なのか、私は知りたくて手に取りました。蓋を開けてみれば、そこにあったのは私が想像していた「急に具合が悪くなる」ではなく、生きるとは何かという命題に対する宮野さんと磯野さんの全力のキャッチボール(という名の往復書簡)でした。まず、この偶然性に感謝したいです。

 印象的だったのは「ガン患者100%の状態に陥りたくない」というような話。ガン患者であることが固定化され、人と人とのコミュニケーションが硬直化していくというくだり。ガン患者の語りが、話し言葉ではなく書き言葉に寄っていくというのも印象的でした。自分だったらどう振る舞うだろうということを考えました。

 あとはラインを描く話。ティム・インゴルドの『ラインズ』は読まないとなあ…。書店で平積みになっていて気になっていた本ではあったのですが。徒歩旅行と輸送の対比はぜひ読んでみたい。

 この本を読めてよかったと思います。

『更級日記』感想

 原岡文子訳注『更級日記』を読みました。

更級日記 現代語訳付き (角川ソフィア文庫)

 『更級日記』と言えば、物語に憧れる地方の少女の熱量が仏に祈るほどのもの、というぐらいのイメージ。最後まで通して読むと、それだけではない、一人の女性の人生に起こる瞬間の美しさや諦観が滲む作品でした。通して読むのと読まないのとでは印象が変わるな…。

 「ああ、あんな妄想に更けていないで、真面目に行いに励むべきだったわ」という晩年の後悔だけを切り取ると「夢見がちに生きるオタクどもよ、『更級日記』を読んで自戒せよ」という話になるのもわかる。ただ解説にもある通り、『更級日記』がどのタイミングで書かれたのかわからないにせよ、物語に憧れるあの頃についても瑞々しく描いているあたり、否定しているわけではなさそうである。「まあ仕方なかったわよね」ぐらいの感じか。

 人生はやり直せないし、巻き戻せないということを強く感じる作品だった。

 この本では「時雨の夜の思い出」とされている巻、他には「春秋のさだめ」と言われているエピソードが一番印象に残っている。季節の情景と記憶が結びつく思い出がたくさん増えたらそれは豊かな気持ちになるだろうな、なんて。

芥川龍之介『藪の中・将軍』感想

 芥川龍之介『藪の中・将軍』を読みました。

藪の中・将軍 (角川文庫)

 芥川龍之介、なんだろう、読みやすい。

 特にお気に入りなのは『山鴫』『母』だろうか。

 

 今年SFを読む機会があった。SFはScience Fictionの略称で、科学的な空想に基づいたフィクションなのだけれど、芥川を読むといつも「SFっぽい…」と思う。SFではないはずなのに。童話的、寓話的だからだろうか。「人間とは何か」という問いに対してSFが挑戦するアプローチと芥川のアプローチが似ている気がした。ちょっとずらす感じか。

 とはいえ好みの作品は対象を突き放したような冷たさ、場の静かさがある淡々とした作品なんだよなあ…。引き続き芥川を読んでいきます。

窪美澄『じっと手を見る』感想

 窪美澄『じっと手を見る』を読みました。

じっと手を見る (幻冬舎文庫)

 それぞれの登場人物による一人称視点の独特の語り(一人称視点はどうしても登場人物の内面により近い語りになる)とむせかえる生の気配と、富士の麓に広がる樹海と介護施設から漂う死の気配に酔いそうになった。読んでいると自分の中がかき乱される感覚。

 いわゆる「恋愛小説」と呼ばれるジャンルを、読んでいるとも読んでいないとも言えない中途半端さ。私の「恋愛小説」の読み方として「共感」というよりは時間の流れ、感情の移ろいを味わう楽しみ方をしているようだ。日奈と海斗は最後にまた戻ってくる。物語の最初と最後で、二人が一緒にいるという状態は変わらないようで、その中身はまったく違うということが面白い。結局人は生きるしかない。時は一方通行で移ろいゆくものだということを考えている。