中村文則さんの『惑いの森 ~50ストーリーズ』を読みました。
50篇の短編が収録されています。1つひとつの物語が短いので寝る前に1篇だけ読むとか、そういう楽しみ方もできそうです。私は一気に読んでしまいましたが。
私は、一番初めの「タクシードライバー」というお話が好きです。ここでこの本にぐっと引き込まれました。
「タクシードライバー」という話では、時間にがんじがらめにされた人が登場します。自分のタイムスケジュールを予め引いて、それに沿って粛々と生きて行かねば不安になってしまう人。時間を守らねば、という強迫観念。時間を守らねば、じゃないんですよね。時間じゃなくてもいいんだ。縋るものがあれば何でもいいのだ。その人にとっては時間だっただけで。
この「タクシードライバー」も然り、この本の物語は「偶然の出会い」がとても多いような気がします。見知らぬ他者の人生が一瞬だけ交わる瞬間を描いている。私はそれにとても勇気づけられます。
時々途方に暮れてしまうのです。私は一生一人なのだろうか、と。
実際に私は一人なのかといえば、実は一人ではない。家族もいる。働いている。疎遠になっているけれど学生時代の友人もいる。だけど、一人だと思ってしまう。それが一人であることだと思っています。
このまま、他者と深いところで何かを共有できないまま、なんとなく当たり障りのないように生きていく人生なのだろうか。
そういう私は「一瞬ではない出会い」を求めているのだと思います。長く続く関係。一時で終わらない友情。でも、それだけが人の出会いなのでしょうか。お互いどういう人間かわからなくても、一生続くわけではなくても、誰かと特別な時間を過ごすことだってできるのではないか。それは、訪れるときは訪れる類のものではないか、と。
よくはわからない。でも、人生にはこの本で描かれているようなささやかな出会いも、もしかしたらあるのかもしれない。そんなことを考えておりました。
内容以外にも言いたいことがあります。この本は装丁がとても綺麗なことも印象的です。本によって手触りや形が微妙に違うものなんですよね。
この本は割と角ばっていてしっかりした作り。表紙や挿絵として使われている絵はミステリアスで押しつけがましくない。物語も楽しめるし、本としても楽しめる本ではないかと思いました。手元に置いておきたい。もう読み返すことはないのかもしれなけれど(←おい)単行本、欲しい。そんな一冊でした。