恩田陸さんの『ブラックベルベット』を読みました。
旅
物語は、主人公である神原恵弥が1人の東洋系の女性を追いかけているところから始まります。舞台は、T共和国。トルコをイメージしながら読み進めてよさそうです。製薬会社のプラントハンターである恵弥は表向きは見本市の視察でT共和国に訪れますが、本当の目的は知り合いから依頼された人探し。お目当ての東洋系女性を見つけたはいいものの…、というお話です。
この物語はミステリー要素もあり、謎が謎のまま物語が進み、時には疑心暗鬼になりながら旅を続けていくお話です。
どちらかというと、「真相は何なのか」というところに注目しがちですが、この物語の本当の面白さは「旅の中で連続する思考」なのではないかと思っています。
恩田陸さんの著作で有名なものといえば『夜のピクニック』ですが、この作品でも同様の話が触れられています。あの物語は、「全校生徒全員でずーっと1日歩き続ける」という奇妙な学校行事が舞台ですが、その中で日ごろ自分たちはいかに思考を遮られているか。連続してずーっと考えていることなど、実はそれほどないのだ、というような話が出ます。それと同じことが『ブラック・ベルベット』でも起きていて。
T共和国という、日本とは文化も地理も言語も宗教も異なる異国の中で、何者かに誘導される形で各地を巡る恵弥。新しい発見、見たことのない風景、過去の記憶、懐かしい人々。思考のシャボン玉がふわふわと浮かんではパチンと割れていく。仕事をするわけでもなく、家事をするわけでもなく。旅をする中で可能になる思考の連続性。
あああ、旅がしたいと思いました。
神を信じないエディくん
魅力的な登場人物が多く登場する今作。私は、恵弥のT共和国観光のボディーガード(兼運転手)として採用されるエディくんが、気になります。自身のルーツがなかなか複雑でそれまでの人生もなかなかのハードモードだったらしいエディくんは、徹底した無神論者らしいです。神がいたらとっくにぶっ殺しているとか。
道中、時々不穏なことをカラッと言い切るエディくんが絶妙なスパイスの役割を果たしていて面白かったです。
旅にマグカップを
イスタンブールからアンカラ、だったか、列車で移動することになった恵弥と現地で焼き鳥店を経営する高校の同級生だった満。この満という人物がまた風変わりな人物で、一人っ子で風来坊気質、加えてとても気が利いて記憶力も良いときている。
列車でもぐい飲みやコーヒーのマグカップを持参しているマメなところに、なぜか心惹かれてしまう自分がいる。重たそうだけれど、旅には私もマグカップを持ち歩いてみたい。
実はこれで2回目の読了ですが、真相などは忘れている部分もあり楽しんで読むことができました。忘れやすい自分の気質は、こういうときとても便利ですね。何度でも物語を楽しむことができます。
旅がしたくなる『ブラック・ベルベット』でした。旅をしながら、色々なことを考えてみたい。
恩田陸さんの『ブラック・ベルベット』を読み終わりました。