8月2日の書庫

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恩田陸『黄昏の百合の骨』感想

 恩田陸さんの『黄昏の百合の骨』を読みました。

黄昏の百合の骨 (講談社文庫)

 

 中学校か、恩田陸作品に出会ったのは。以来ずっと著作を読んできた作家さんで、多分最初は『球形の季節』か『六番目の小夜子』、しかし通称「理瀬シリーズ」に名を連ねるこの本も中学生の時に読んでいるはず。そしてかなり強く衝撃を受けた記憶がある。例えば、水野理瀬という少女が、そう、百合の花弁がパッと開くように「女」という生き物に変貌する瞬間が描かれているところとか。理瀬は高校生なわけで、当時の自分と大して年齢が変わらないはずなのに、ずっと聡明でずっと大人っぽいのだ。驚いたな。

 そしてネタバレにはなるけれど、地下室の描写も怖かった記憶がある。私はもっとどろどろしたものをイメージしていたのだけれど、どちらかと言えば研究室っぽい。やはり記憶というものは信用できないらしい。おどろおどろしい雰囲気がやや誇張されて記憶として残っていたみたいだ。

 ということで、恩田作品は今まで何度も読み返してきたのだけれど、この本に関しては読み返したことがなかった。怖かったので。それを、まるでパンドラの箱を開ける勢いで読んでみたのは、やっぱり時々恩田陸の文体が恋しくなるからだ。そして私はあまりに定期的に読み返しているものだから、手元にある作品は少々新鮮味が薄れて読みたくないのだ。白羽の矢が『黄昏の百合の骨』にささった。

 

 面白かったです。「この人は何者なのだろう」とか「どうなっているのだろう」とか、終始うっすらとした謎の霧が立ち込めているのだけれど、それ以上に誰かが理瀬を監視しているかもしれない?という抑圧された雰囲気がたまらなく息苦しかった。これは理瀬の今後を考えるとよほどのスタミナがないと耐えられないなと思います。

 物語は終盤、とっても大事なところ、近所の同級生、脇坂朋子が喋るところ、私は結構頷くところがありました。

 

雅雪も、慎二も、すっかり丸め込んじゃって。涼しい顔して、二人ともすっかりたらし込んで、何よ。おまけに、亘さんまで。嫌らしい。血が繋がっているくせに―――親戚のくせに。同じ家に住んで。嫌らしい、みんな。魔女だらけの家だわ。(p.347)

  そんなこと言われたって、という内容。自分に関係があることだと人間、簡単に嫉妬してしまうもので。恩田作品にあるあるな、出てくる人物超優秀の法則がこの本でもきちんと成立していて、稔も亘も理瀬も「出来る」人たちであることは間違いない。出来る人たちが当然のように、自然に出来ることをやっているだけなのに、出来ない人たちは、持たざる者は、それが羨ましくて仕方がない。理瀬の自己評価と他者の評価が微妙に異なるというか、同じものを見ているのに立場で映り方が異なる面白い場面だなと思いました。

 『麦の海に浮かぶ果実』に次いで、理瀬はまた命を狙われたわけですが、この先彼女が生き残ることができるのか見てみたいです。先にも書いた通り、並みの精神力では耐えられないし、容易に殺されてしまいそう。花開いた理瀬の物語が書かれたらまず読みたいです。