8月2日の書庫

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坂口安吾『明治開花 安吾捕物帖』感想

 坂口安吾『明治開花 安吾捕物帖』を読みました。

明治開化 安吾捕物帖 (角川文庫)

 

 なぜこの本を本棚から引き抜いて読もうと思ったのか、まったくもって思考回路が不明なのですが、とにかく読みました。一体何を思ったのか。坂口安吾、読んだことのある作家でもないしなあ。

 とはいえ、面白かったです。短編の推理小説。最初の方こそ文体に読みにくさがあったけれど、後半が近づくにつれその読みにくさもどこへやら。私が安吾の文体に慣れたというよりは、連載を追ううちに安吾の文体も変化したと考えます。読みやすくなった。

 私のお気に入りは「万引一家」と「覆面屋敷」。両方とも、旧家名家の謎に迫るものです。前者は名家の母親と娘が万引き癖がありつつ、という話、後者は覆面を被って屋敷の奥に引っ込んで姿を見せることのない兄の話。それらの謎が興味深いだけで、この話に限らずどの話も悲しい話に違いはないです。推理小説というのは人が亡くなるなら大概は悲しいものです。

 坂口安吾1906年生まれで48歳で亡くなっているのでもちろん明治時代に生きた人ではありません。作中、どこまで「明治的なもの」かはわかりませんが、らい病やてんかんに対する偏見というのが時々登場し、登場するたびにざらっとした感情が胸に起こりました。

 それは差別や偏見が不快だというのではなく(前提として差別や偏見は駄目なのですが)差別や偏見がごく当たり前にあったこと、それは現代社会だって同じなのだということを考えさせられるからです。らい病やてんかんについては正しい知識が広がっているわけですけれど、例えそういう知識がなくても、差別しないという姿勢をとることができるのか、云々。じゃあ、この世の中に生きていて、まったく差別していないと言えるのか? 言えないな、とか。

 誰が悪いとか何が悪いとかではなく、「じゃあ自分ならどうするのだろう」とゆっくり考えられるのが小説のいいところです。他の表現はちょっとスピードが速く感じる。

 ああ、あと探偵の新十郎がさっぱりしていて全然湿っぽくないのもよかったです。自分語りをせず滔々と事件を解決していく。新十郎の主義主張があんまり見えてこない、前面に出てこないので、あっさりと読める、という良さがあるかと思います。逆に言うと、新十郎に言わせるのではなく、読者のおめーらで考えやがれ、って感じなのかなあ。

 安吾といえば『堕落論』か…。読むかなあ。