森博嗣『τになるまで待って』感想

森博嗣さんの『τになるまで待って』を読みました。

τになるまで待って PLEASE STAY UNTIL τ Gシリーズ (講談社文庫)

 

 

今回は赤柳探偵と、探偵の助手?バイトとして山吹・海月・加部谷というおなじみのメンバーが、山深くにある屋敷を訪ねるところから始まります。赤柳探偵は真賀田四季の痕跡を掴むために、その屋敷の図書室に用があったのです。

が、このシリーズでは既にお決まりであるように、今回も「事件」が発生し、彼ら彼女らは巻き込まれていくのです。。。というお話。

 

さらーっと読むことができました。それは個人的には悪くない感想ですし、Gシリーズが好きな人なら多分大丈夫だと思うけれど、壮大に風呂敷を広げて、結局畳まれない感覚が好きでない人には少々きついかもしれません。このシリーズ、そもそもミステリーとして読むものではないと思うので謎がきちんと解決されるかなんてわからないし、明らかになった真相だって理解できるものとは限らないですよね。

 

この物語には、様々な謎が提示されます。例えば、屋敷の持ち主(なのかな?)である超能力者・神居という人物は一体何者なのか。この屋敷はどういう意図があって建てられ、この屋敷では何が行われているのか。真賀田四季と関係があるのかないのか。21:30から屋敷の者が部屋に引きこもって聴いていたラジオ番組「τになるまで待って」は一体何なのか。この話では人が死ぬのだけど、なぜその人は死ななければならなかったのか。なぜ、なぜ、なぜ。その「なぜ」の一部は解決されないまま、この話は終わります。それでも良いのです。

 

印象的だったのは2つ。1つめは、ひょんなことで犀川先生が事件現場に来られるのですが、立ち寄ってから5分とかからずに事件の肝であった「密室トリック」を合理的に説明されていたのは驚きました。犀川先生は本当に頭がよろしい方なのですね。犀川先生のすごさは的確な観察から、知識を総動員し、ばばばーと最適解を出してしまうところなのか。確か指向性に優れている、と評価されていたのでしたっけ。忘れました。

物語の8割ぐらいは、加部谷・山吹・海月があーでもこーでもないと推理を展開するのですが、彼ら彼女たちはそれを楽しんでいる節があるような気がします。無意識でしょうけれど。そして主に加部谷さんが、ですが。最短ルートで真相にたどり着こうと思っていない。どちらかというと、推理の過程を味わっているような。

ですが、犀川先生や海月くんは一直線に真相へと向かっている。その違いを本作品では感じました。犀川先生は謎を解いて、さっさと帰りたがっていましたもんね。

 

もう1つは、西之園さんの叔母様、睦子さんが言っていたことです。とても面白かったので、それを書いて感想を終わりにします。

「そうなの。とっても馬鹿馬鹿しいものなのよ」睦子叔母はほほほと笑った。「だけどね、その馬鹿馬鹿しさこそが、貴女に欠けているものだと思うの。そうそう、犀川先生にも欠けているわね。似た者どうし、二人とも欠けているから、こむつかしい状況に陥るんですよ」

「ちょっと待って下さい。どうして、そういう話になるんですか?べつに、こむつかしい状況になんかなっていません」

「そんなことないわ。破天荒に幸せですか?」

「破天荒?意味が分からない」(p.37)

 

この「破天荒に幸せですか?」という言葉が、じわじわとくる。破天荒に、幸せですか。そりゃあ、睦子叔母様は破天荒な人生を歩まれていると思うけれど。。。私も破天荒に生きたい。破天荒に、幸せ。良い言葉だなと思ったのでした。

 

ということで、本当にさらーっと読めました。これでとりあえず既刊のGシリーズ作品は読めたことになります。もう一度最初から、今度はバラバラではなく順序の通りに読見直そうかな、と考えております。

 

森博嗣τになるまで待って』を読み終わりました。