8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

アガサ・クリスティー『死との約束』感想

 アガサ・クリスティーの『死との約束』を読みました。

死との約束 (クリスティー文庫)

 

 先日、三谷幸喜の脚本でドラマ化された作品。面白かったのでぜひ原作を読みたいと思い手に取りました。

 こちらも面白かったですね。クリスティーは人間の集団における感情の機微を描くのが本当にうまいなと感じます。もはやミステリ作品として読んでないところがある。

 『ナイルに死す』だったり時々場所の力が強い作品を書くのも特徴なのかもしれません。今回はペトラという異国の地の気配が濃厚でした。

 『スタイルズ荘の怪事件』もそうですが、死んでからは遅い、ということを考えてしまいます。ボイントン夫人だって息子娘たちと良好な関係を築ける可能性はあったわけで、彼女の抑圧から解放された彼ら彼女らの幸せな風景を読むと、なんだか悲しくなってしまいます。ボイントン夫人に同情を寄せるつもりはありませんが、その寂寞とした読後感(ボイントン夫人は孤独でした)がまた良い味を出していると思います。

島本理生『匿名者のためのスピカ』感想

 島本理生さんの『匿名者のためのスピカ』を読みました。

匿名者のためのスピカ

 

 私はこの本を読んで「七澤君!!!」となりました。案の定女性読者に人気の登場人物らしい。主人公の笠井君よりよほど「七澤君」だろう。でも七澤君は主人公ではありえない。直感的に、それは間違いがないことだと思いました。

 自分がどのような人物を好むだろうと考える。言語化すると、たぶん内省的な人物に魅かれがち。自分をみつめる眼差しを持つ人。その眼光がきめ細やかな人。自分自身を知っている人。なので笠井君より七澤君なのです。

 

 人を責める気になれない。

 『森の家』となんだか似たような読後感になってしまった。

 

 人は信じたいものを信じる。

 そこに干渉することはできるのか、私にはわからない。宗教的なものだけでなく、思想的なもので考えればもっと身近だと思う。昨今問題となっている陰謀論なんかはまさに。他にもねずみ講とかね。正直に言えば、私は自分の近しい人を説得できる自信がないな。その体力も無さそう。

 何を以て歪んでいると判断できるのだろう。その判断軸となる正しさは本当に正しいものなのだろうか。絶対的な正しさなどないこの世界で、何が歪んでいるのかあげつらうことに意味があるのか。歪みと寄り添うことしか道はないのだろうか、云々考えました。

 でも、私だって、人を信じたいし。人に溺れたい。何も考えず信じられる人がいたならば、そう思えたならば、きっと人生はもっと楽で甘美なものになるのだろうなと思います。でもそんなことはあり得ない。あり得ないと知っていたけれど、景織子の現実はそのままを受け止めるには辛すぎて、彼女には重すぎたということなのかな。

 似たような境遇でちがう道を歩いた七澤と景織子の違いがスパイスになっていると思いました。

千早茜『森の家』感想

 千早茜さんの『森の家』を読みました。

森の家 (講談社文庫)

 

 小説に登場する人物たちを嫌いになることはあるか。

 そう訊かれたら、私は「限りなくゼロに近いNo」と答えると思う。つまり、よほどのことが無い限り、嫌いになることは無い。

 ただ、強いネガティブな感情を抱くことはある。具体的には「みりさんみたいな人が近くにいたら、わたしだったら腹が立つだろうな」と思った。それは苛立ちに近い感情だと思う。

 それでも私がみりさんのことを嫌いにならないのは、「え、私、他人のことを嫌いにならない善良な人間なんです」と言いたいってのもあると思うし、別の理由もある。

 みりさん視点で進められる章「水の音」や、彼女と暮らす(暮らしたことがある)まりもくんや佐藤さん視点で描かれる「みりさん」像に触れ、人間というのは視点によって見え方はまったく変わるということを改めて感じたからだ。

 多分腹が立つ人間であっても、小説で描かれてしまえば許せてしまうのかもしれない。政治家だとか仕事で関わるいけ好かない上司とか実の父親だとか。

 

 そんなことを思いました。

 「なんだこの三人、揃いも揃ってどうしようもない」という感想は、小説においては的外れだと思っていて、そのどうしようもなさに形を与えるのが小説だろう?って思ってます。そして彼ら彼女らの持つ「どうしようもなさ」は決して他人事ではないんです。

恩田陸『灰の劇場』感想

 恩田陸さんの『灰の劇場』を読みました。

灰の劇場

 

 感想にするのが難しいと感じます。うまく言語化できていないです。二回読んだ今もそれは変わらない。もしかしたら「感想としてまとめない」というのが感想になるのかもしれない。恩田作品だと『中庭の出来事』に近い作品です。『灰の劇場』の方がわかりやすい構造なのに、印象がふわっとしているのが不思議です。『中庭の出来事』の方がよほど輪郭が濃かった。

 印象に残っているのは最後に登場するハムトーストと、遺灰ですかね。ハムって確かに二枚重なっちゃうときあるなあ、と思って。この作品の終わり方が私はとても好きです。悲しいけれども。

 結局完成された舞台で用いられるのは砂でした。なんだか遺灰っぽい。砂は砂時計にも用いられるし、風化のイメージもある。朽ちるもの。去っていくもの。流れていくもの。消えていくもの。「灰の劇場」というタイトルが生きています。

アリ・スミス『ホテルワールド』感想

 アリ・スミスの『ホテルワールド』を読みました。

ホテルワールド

 

 難しかったし、読むのに苦労した、というのが最初の感想。でもそれが悪くない感じ。むしろこの難解さ、複雑さがこの本の魅力だと言ってしまってもいいのではないか。5人の登場人物たちの混沌とした思考。連想、発想、脈絡がない脱線。人間の思考を言葉にしたとき、案外そういうものな気もするし、特に彼女たち自身混乱しているからなおさら。

 特に面白かったのは最後の妹さんの章。何せ句読点がないのだ。文の切れ目が見当たらない!最初は苦労したけれど、読み慣れてくると問題なく読めるようになるから不思議。

 私はこの本をまだまだ半分も理解できていないだろう。そういう感覚が強く残った。他の人の感想もぜひ読んでみたい。

江國香織『号泣する準備はできていた』感想

 江國香織さんの『号泣する準備はできていた』を読みました。

号泣する準備はできていた (新潮文庫)

 

 1年ぐらい前に実は読んでいたのだけれど、読んだことを忘れたまま読み始め「ああ、なんかこの話知っているぞ」とじわじわと思い出しながら最後まで読み切りました。いいですね。この短編集はあとがきもすごく好き。江國さんのあとがきが私は好きだな。

 お気に入りは『熱帯夜』からの『煙草配りガール』でしょうか。お酒を愛する人がきちんと適切にお酒を飲んでいる描写が好きみたいです。私はお酒そのものを愛する人間には今はまだなれていないので(お酒の瓶は好きなのですけどね…)。上品に飲まれるお酒は、そのものは悪魔みたいな奴なのに天使に見えます。

アガサ・クリスティー『スタイルズ荘の怪事件』感想

 アガサ・クリスティーの『スタイルズ荘の怪事件』を読みました。

スタイルズ荘の怪事件 ポアロシリーズ (クリスティー文庫)

 

 ※ちなみに私は田村隆一訳を読んでおります。

 ※そしてネタばれを含んでいるのでご注意願います。

 

 

 

 

 

 読みました。面白かったな。クリスティー、とりあえず10冊以上は読んだのだからいい加減犯人がわかってもいいじゃないかと思うのですが、ぜんぜん当たらないんですよね。本気で当てにかかっているわけでもないという言い訳は見苦しいですね。当てようとしているのだから。

 意識の散らし方が上手いと思いました。アルフレッド(殺されたエミリイの新しい夫)とミス・ハワードが親戚っぽいという話は最初に提示されていたはずなのに!そしてミス・ハワードがアルフレッドに対して親しい様子を見せていないという描写もあったのに!ミス・ハワードが一方的にアルフレッドに憎悪を抱いている風(こいつがエミリイを殺したんだ!という主張)に騙されてしまいました。情報がきちんと提示されているという意味ではフェアなのだけど、そりゃあ、わからん!って感じですね。そもそもミス・ハワードの呼称が、「ミス・ハワード」「エディ」「イブリン・ハワード」とバラバラになっているのも混乱が大きかった。「エディって誰やねん」ってなりましたもん、最初。

 そうして読み終わって色々と考えたときにたどり着くのは、エミリイ・カヴェンディッシュという一人の女性の生が終わる話としては悲しいよなということでした。それはクリスティー作品の多くに言えること、あるいは、他のミステリ作品の被害者にも言えることだとは思いますが。

 エミリイ・カヴェンディッシュは、愛だと思っていたものに裏切られ、落胆したその晩に苦しみながら死んだわけです。その苦しみを、死ぬ瞬間に立ち会った誰も共有していなかった(できなかった)のですから、悲しいです。

 財産があっても愛に裏切られ命を落とすこととなったエミリイと、金回りは荒かったり心もとなかったり、また周囲の者とすれ違ったり衝突したりしながらも、新しい愛を見つけたりそこにあった愛を再認識した義理の息子たちとのギャップ。クラクラします。クリスティー作品では特にポアロが恋のキューピット役として大活躍するという一面もありますが、その前提には殺人事件があること、クリスティーはわかっててやってんだろうなあ、その残酷さとかも含めて。

 

 まだまだ読むクリスティー作品があること、嬉しく思います(全体の20%ぐらい読みました)。