8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

恩田陸『図書室の海』感想

恩田陸さんの『図書室の海』を読みました。

図書室の海 (新潮文庫)

 確か学生時代に一度読んでいたはず。恩田陸作品の私の出発点は多分『夜のピクニック』だけれど、この小説には『夜のピクニック』の前日譚が書かれているということで読んだ。

その当時は大して面白いと思っていなかった気がする。今読んだ時ほどの充足感がなくて、「どれも話としては面白いけれど、感動が乗っかるのかなー」など色々思っていた気がする。

が、今読むと面白い。それはきっと私が学生時代を「今この時」ではなく「懐かしいあの頃」として見ることができてしまったからだろう。もちろんこの作品に収録されている作品は学生時代を中心とした物語だけではない。比率的にも多くはないけれど、表題作「図書室の海」と「ピクニックの準備」の存在が大きいのも事実(私の中では)。なおかつ、学生ではなくなった今、社会の中で働きながら生きる身として実感できることと小説の中で働く人たちの思索を関連付けながら読むことができる今、学生時代に囚われずこの短編集すべてを楽しむことができる。いいですねえ。再読の面白さです。

 

春よ、こい

松任谷由美の「春よ、こい」を聴きながら読みたい。あの曲はどこか幻想的でふわっとしているところも好きなのだけれど、そんな曲のイメージとマッチする幻想的な物語。正直内容を完全に理解するには紙をペンを持って状況を整理しないと無理である。私は理解できていない。でも、なんとなくわかるからいいかなと思っている。「あの時こうしていれば」という後悔や悲しみが一切ないのも魅力の1つだろう。どこか人間としての生を超越しているというか、軽やかさがある。そういうのが良い。

 

茶色の小壜

恩田ホラー。

 

イサオ・オサリヴァンを捜して

 元々第長編『グリーンスリーブス』の予告編として書いたもの。

恩田陸『図書室の海』p294より)

 

とあるが、2018年現在その長編は出版されていない?執筆途中なのかあるいは未完の作品になってしまうのか。もしくは常世物語の筋に吸収されたのかと思いつつ(超能力的な不思議な力を持った人たちの物語だから)そういうわけでもなさそうだ、と考えをめぐらす。

現実世界でも時々本当に興味深い人に出くわす。人間としてどう生きているのか気になる人。このイサオ・オサリヴァンも人々からの関心を買っていたようだ。静かな人が羨ましい。

 

睡蓮

「麦の海~」シリーズに出てくる理瀬の幼少期の話。私は自分の名前が理瀬だったらよかったのに、と思うくらい、私は「理瀬」という名前が好きということを思い出す。「麦の海~」シリーズの理瀬はそれこそ物語の主題なのであんなキャラクターだけれど、幼少期からうかがえる理瀬の人間らしさなどが読んでいて興味深かった。

 

ある映画の記憶

本当の心の奥底では気が付いているのに、気が付いていない。そういう人物が恩田陸作品には時々登場してくる気がする。聡明なのか誰よりも敏感に真実を察するのに、同じように聡明だからか真相を自分の無意識の奥深くに封印し自分自身でさえ知らないふりをしてしまう。

 

国境の南

好きですね。すごく。

 

オデュッセイア

こういう物語を書けてしまう恩田さんがすごい。想像力。と描写力。

 

図書室の海

彼女は幼い頃から、薄々気が付いていた。

自分が物語のヒロインにはなれないということを。

主人公になれるのは、揺れている者だけだ。

恩田陸『図書室の海』p216より)

 主人公の関根夏は高校生にそぐわぬ落ち着きっぷり、自我が形成されている優秀な少女であり、自身をこう分析している。が、それ自体が既に「主人公」であることを意味していてなかなか面白い。あなたも自分が物語のヒロインになれないということで揺れているじゃないの。だから関根夏は主人公なのだ。

 

ノスタルジア

 短編の始まり「春よ、こい」に戻ってきた感覚。幻想で始まり、幻想で終わる。みたいな。記憶は螺旋になっていると、誰が言っていたのだったか。あれか『麦の海に沈む果実』で出てきたのだったか。

 

ということで、上質な短編集。恩田陸作品に通じる人にとっても、ここから恩田陸作品という広大な海へ漕ぎだす人にもおすすめの作品、だと思います。

 

恩田陸さんの『図書室の海』を読み終わりました。