8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

米澤穂信『真実の10メートル手前』感想

米澤穂信さんの『真実の10メートル手前』を読みました。

真実の10メートル手前

 短編6つが収録された作品。

タイトルはそのうちの1つ「真実の10メートル手前」をそのまま使った形ですが、全編をくるっと包みこんでしまう見事なタイトルとなりました。私たちが見ている真実は、いつも真実そのものではなく「10メートル手前」から見た真実なのかもしれないなー、とか。

 

6つの短編はどれもタイトルが素敵です。良いタイトルというのが何なのか、まざまざと見せつけられます。私が「良い」と思うタイトルは色々あると思いますが、1つの基準は「読み終わった直後に「ああああああああ...。」と思えるタイトル」だと思っています。だから初めてこの本を読む人は、6つのタイトルだけを読んでぜひ想像を膨らませてほしい。タイトルから様々なものを連想してもらいたい。

 

真実の10メートル手前

ほうとうは知っているだろ!!!と軽くツッコミはしましたが、無い話ではない。英語のくだりは私も学生時代ごちゃごちゃしてわからなかったところなので、懐かしくなりました。日本語と返答の仕方が違うんですよねー。やるせない話です。

 

正義漢

ユニークでした。またこれもありえない話ではないだろう、と思いました。かつて登場したあの人が出ていて少し微笑ましかった。

二人の道が重なったこともあったけれど、

(以下略)

そうだったのか…。その話も少し聞きたい気もしないでもない。

そして短い話の中で太刀洗の業を垣間見ることができる。これがあることで、太刀洗の「優秀で常に真実を追い求めるジャーナリスト」像が揺らぐ。一振りかけることで味がガラッと変わるスパイスのように、文章を読んだ時の感想が少し変わってくる。それがすごいなと思いました。

 

恋累心中

センセーショナルな事件。高校生2人の自殺。どんどん明らかになる事実。しかし、彼ら彼女が本当に味わうことになった苦しみについて思いを馳せる間もなく物語は終わってしまう。それが見事だなと思いました。多分当事者はものすごく苦しんで死んだと思う。なんてひどい話なんだ。

 

名を刻む死

一番好きな話です。あまり他者に強く意見をしない印象の太刀洗さんが、ほんの数時間を共にした少年に対してかける最後の言葉。「名を刻む死」は確かに目的を達した。身勝手というか。呪いだと思う。太刀洗さんの言葉で果たして呪いは解けるのか。解けてほしいと思う。

 

ナイフを失われた思い出の中に

特に言及されてなかったと思うけれど、加害者の少年はとても頭が良いなぁと思いました。手記の内容が比喩に富んでいたし、とても読みやすかったから。

真実はそのまま伝えなければいけない、とこの話を読むまでは思っていた。でも太刀洗さんは「加工が必要だ」と言った。加工って手を加えることじゃないか。もちろん記者も人間だからどんなに公平に客観的に伝えようとしても主観が入ってしまう。むき出しの真実なんてないんだ。人は情報に必ず手を加えている、というか人間である以上無理なんだ。そして太刀洗さんが言った「加工」とは情報に手を加えることもそうだけれど、情報は本当にその通りなのか、もっと見えていないものがあるのではないか?と考えることだと思った。今回少年の手記がそのまま世間に流されてしまったことで、手記に秘められた「真実」に誰も気がつかない事態が生じてしまった。それがダメだ、と彼女は言いたいのだろう。

 

綱渡りの成功例

「綱渡り」が何を意味するのか。1つだけではない綱渡りの意味を知ったとき、鳥肌がたちました。

 

 

『真実の10メートル手前』と前後して太刀洗さんが主人公の『王とサーカス』を読んだのですが、この組み合わせは大成功でした。『王とサーカス』については駆け足で読んでしまったところもあるので、もう1回読んでまた感想をまとめられればいいなと思っています。

 

米澤穂信さんの『真実の10メートル手前』を読み終わりました。