8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

イーユン・リー『理由のない場所』感想

 イーユン・リーの『理由のない場所』を読みました。

理由のない場所

 私が定期的に行く書店にずっと数か月は平積みになっていて(それは売れ残りというよりは、その本のセレクトだということを意味している)気になっていた本を図書館で見かけました。嬉しい。いや、買ってもいいのだけれど買う勇気はなかった。でも本当に買ってもよかった。というか何度も読んでいい本だと思う。

 母親と自殺して間もない16歳の息子との会話。物語は母親と息子の対話形式で続き、そこに「」は無い。

 彼女と対話する皮肉屋な息子・ニコライは本当のニコライなのだろうか。それを断定することはできない。母親が作り出したニコライとも呼べるし、しかし、元来人間と言うのは生身の人間と対峙していても己が作り出したその人のイメージを張り合わせながら対峙している、気がする。なので本当かどうかというのは意味がない問いなのかもしれない。

 何か他の人がこの本に寄せた文章を読んで「そうか」と思ったのが、この母親と息子が用いる言葉について。どうやら同じ言語ではあるけれど、母親は他に母語があり後天的に習得したもの、一方息子は母語であり自由に悠々と海を泳いでいけるということらしい。世界という海に投げ込まれたとき、母親が少々ぎこちない泳ぎ方で渡っていくのに対して、彼女を先行してすいすい泳いでいく息子のイメージを思い浮かべてしまう。この辺はもう一度読むときに考えたいところ。

 息子を喪った悲しみが前面に出てこない対話が余計読んでいてつらい。母親の苦い嫌味を飄々と躱す息子がつらい。対話し続けることで彼をこの場所につなぎ留めたい。そういう思いがあるのだろうけれど、切迫感がなく淡々と進む対話に母親の冷静な知性を感じる。とにかくすごい話。そしてこれが作者の実体験であり、同じく息子を亡くしてから数週間で書いたということが、すごい。本当にすごい。世界は広く人間は奥深い。