8月2日の書庫

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アガサ・クリスティー『鳩のなかの猫』感想

 アガサ・クリスティーの『鳩のなかの猫』を読みました。

鳩のなかの猫 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)

 

 ※ネタバレあるかも

 

 

 

 

 

 

 英国でも有数のメドウバンク校にも事件の影は忍び寄っていた。新任の体育教師が何者かに射殺されたのだ。犯人は学内に潜んでいるに違いない・・・・・・そう鳩を狙う猫のように!

 本の裏のあらすじに「名探偵ポアロが挑む」と書かれているのでポアロシリーズなんだ…と思いながら読むと、いつまで経ってもポアロが登場しないことにワクワクさせられます。物語の半分を経過してもポアロは出てきません。今回は事件解決に悪戦苦闘するポアロを楽しむのではなく、メドウバンク校の人々に焦点を当てた物語なんですね。だから、ポアロは形式上の名探偵。ただやってきて、ただ事件を解決してくれる名探偵役です。面白いなあ。

 物語の発端は、中東のとある小国で起こったクーデター。民主的な改革を進める若き国王は自分の命が狙われていることを悟り、友人に自身の宝石を託します。かけがえのない友の希望を受け取り、その友人は宝石を国外から持ち出そうと画策します。さてその宝石の行方をめぐって、英国にある名門女学校のメドウバンク校であれやこれや事件が起こるという話。

 中東の小国は架空の国ラマット。王様はアリー、その友人はボッブ。この二人の出番は悲しいことに冒頭わずかなのですが、とても印象的でした。前の王の恐怖政治から西欧寄りの民主的な治世を、と奮闘しているのに、クーデター起きる寸前という状況。私は今でもこの二人の青年が生きていると思いたいのですが…それは叶わぬことなのでしょうか。

 クリスティー作品には毎度毎度聡明な女性が登場しますが、今作もたくさん登場します。校長のバルストロード、英語と地理の教員であるアイリーン・リッチ、校長の秘書であるアン・シャプランド、生徒のジュリア。

 あまり男がどうだ、女がどうだと言いたくないけれど、クリスティー作品を女が読んである種のカタルシスを得られるのだとすれば、そこには何があるのでしょう(シス女性である私はクリスティーを読んでいて楽しい)。クリスティーは何か問題意識を抱きながらこの作品を含め小説を書いてきたのだろうか。クリスティー作品をこれまで読んできていながら、私はアガサ・クリスティーという作家のことを何も知らない。とりあえず読める作品は読んだうえで、興味があればクリスティーという偉大な作家に迫りたいものですが…。

 女が描く女と男が描く女は違うし、その逆も然り、女が描く男と男が描く男は違う。この考えに私も首肯するところはある。じゃあ性別というのは何なのだろう、みたいなことをうっすらぼんやり考えてしまいます。なお、このくだりは本作品におけるストーリーにはあまり関係ない脱線です。

 また、宝石をめぐって炙り出される価値観の違いについても興味深かったと思います。宝石をとにかくがむしゃらに追いかけまくる軍団がいるかと思えば、宝石を前に目が眩むことなく冷静に行動する人間がいて。個人的には、富を得るということはそれだけの責任と業?というか宿命?みたいなのを負わなければならないと思っていて、本人が意識的かどうかともかく、大変なことだと思うのですよね…どうなんですかね。難しいや。だから「彼女」の選択はとても賢明だったと思います。その「彼女」とは誰だったのか、それは読んでのお楽しみ。