8月2日の書庫

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平庫ワカ『マイ・ブロークン・マリコ』感想

 平庫ワカさんの『マイ・ブロークン・マリコ』を読みました。

 

 

 すげー漫画だった。

 読み終わって頭の中でガンガン鳴っているのは「疾走感」という単語。だけど疾走感だけじゃない、とてもつらく深く残酷なものを描いている漫画でもある。

 あらすじを書くのは面倒なので割愛。

 

どうしてこんなに面白いのだろう

 『マイ・ブロークン・マリコ』は、親友の自死・DV・性的虐待を扱っている作品でもある。まずは序盤に描かれる主人公シノイの回想シーンからしんどい。学生時代の夏休み。約束していた時間になっても現れないマリコ。気になって彼女の家まで迎えに行ったシノイの耳に飛び込んできた怒声。マリコの父親がマリコに対して吐き散らす暴言の数々。何かが壊れる音。暴力を振るわれているのか?回想は結局部屋から出てきたボロボロのマリコが「きょうむりになった…」という言葉で終わる。ドアの隙間から見えるゴミで足の踏み場もない部屋、酒の空き缶を持った父親と思しき人間の姿、それだけでマリコの日常が容易に想像できる。

 ニュースを知ってシノイがあの夏の日と同じマリコの父親の部屋に押し入る場面。マリコの父親の再婚相手(しかしなんだか良い人)、すっかり老いぼれたマリコの父親、自分のしてきたことを棚に上げてマリコの骨壺の前に項垂れる父親の姿を目にし、シノイがとる行動。このくだり、とんでもなくシリアスな場面なのに、何故か面白い。もちろん事の重さを茶化そうとする笑いではない。なんだろう、とにかく目の前のことに全力で敏捷で本能のまま行動してしまう「ガラの悪い」シノイちゃんが、面白いと思うのは申し訳ないのに、どうしても面白いのだ。『マイ・ブロークン・マリコ』はそんなシノイちゃんがとにかく最後まで駆け抜ける漫画なのである。

 

老いた男

 老いたマリコの父親について触れたのでもう少し書こう。高校の時に実の娘を強姦し、中学生の時は奴隷扱いし、小学生の時に娘から母親を奪った父親が、いけしゃあしゃあと娘の骨の前に座ってやがる。胸糞が悪くなるのでどう考えても父親に同情などは絶対何がなんでもしないが、シノイが逃亡した後のカットが読んでいてつらい。本当にどの面下げて…という感想が一番で、もしかしてこの父親は自分がしてきたことを自覚していない???忘れてる???切り離している???ワケガワカラナイ。「どの面下げて」な父親が、被害者の刃のような言葉を目の当たりにしたときにどんな風になるのか、垣間見ることができたカットではあった。死ぬまで己のしたことがなんだったのか考え続けろ。物語は先に進む。

 

牛丼

 牛丼のシーンが良かったです。マリコとの二人旅なので二人前頼んで、行儀悪いけど箸突き立てて、マリコの分まで完食するシノイちゃん。かっこいいし可愛い。

 

 ここからラストにかけてはとにかくスピード感が半端ないのでそれを味わってもらいたいけれど、シノイとマリコの関係の危うさと、だけどそんな危ない中でも社会の中で生きていけるシノイの強さ(女子高校生が一人屋上で煙草を吸っているんだ、シノイにもきっと何かある。語られないだけで)全力故の面白さ(当人は真面目なんだけど、本当にちょっと面白いの、シノイはきっと色々な人に結局は愛されるタイプな気がしてしまう)ががっつり描かれている。

 

 うまく言葉にはできない。でも今後何処かのタイミングであの時感じたことはこれだったのか、と言葉にできる日がくればいい。そういう漫画でした。でも本当に悲しいね。マリコみたいにボロボロになる人がいない世界でありますように。