8月2日の書庫

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森達也『虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか?』感想

 森達也『虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか?』を読みました。

虐殺のスイッチ 一人すら殺せない人が、なぜ多くの人を殺せるのか (出版芸術ライブラリー)

 

 ずっと前に『A3』を読んだ記憶がある。あとはドキュメンタリー映画『FAKE』も観た。

 本書の感想とは全く違う話だが、行きつけの美容室で髪を切ってもらっていた時に美容師さんと会話している最中にどういう話の流れか意味が分からないけれど(長年髪を切ってもらっているので慣れている間柄ではある)

「仇討ちの刑とかないんですかね~、でないと被害者の周りの人は浮かばれないでしょう」

という話になった。

 いや、法というのは確かに万能ではないけれど愚かな人間を止める歯止めとして長年人類が積み上げてきた仕組みなんですよ、それで今の刑法で仇討ちが認められていないならそれはそれ相応の理由があってまずはそこに思いはせるべきではないでしょうか。

 そう語ることもできたのだけれど、ドライヤーの音に私の声はかき消されそうなのでやり過ごした。そうして私は髪を乾かしてもらいながら先日読んだ『虐殺のスイッチ』のことを思い出した。人間は愚かな生き物だ。何千年の歳月を経て変化した部分以上に生物として変わらない一面があるのだと思う。それをいかに制御するかという問題だと思うけれど? 虐殺を起こさせないって、そういうことじゃない?

 世の中の空気があんまりよくないと思っている。火花がいつ大きな火になってもおかしくない。大きなうねりとして極端な方向に走っていったとき、私はそれに抗うことができるのか、わからない。たぶん流されてしまうだろう。そもそも大きなうねりを起こさせないことはできるのか。個人レベルで何をどのように表現すればいいのか。さらに言えば私が虐殺の実行者になる可能性に思いはせること。

 そういうことを考えさせられた本でした。