8月2日の書庫

本の感想を書くブログです。

ジュンパ・ラヒリ『見知らぬ場所』感想

 ジュンパ・ラヒリさんの『見知らぬ場所』を読みました。

見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)

見知らぬ場所 (新潮クレスト・ブックス)

 

  もう2020年はジュンパ・ラヒリの年。ということで立て続けにその作品を読んでおります。

 8編の短編が集められた作品です。

 ラヒリ作品の特徴として、私の中では「ずっと読み続けていたい」というところがあります。とにかく情景と心情描写が巧み。そして自然。文体は簡素なので引っかかるところもなく、文章が心にじんわりと沁み込んでいく。たっぷりと水分を含んだスポンジのような作品だなと思います。潤います。

 またこれは8作すべてに通じるのかなと思いますが、人生の混沌をそのまま描くというところも見事です。

 

 人生には様々な選択があるだけで、その選択が正解なのかどうかは誰にも、当事者にも、判定できないものだと思うのです。でも誰にも下せないその判定とやらを、私たちは常日頃、人生において求めてしまう。それはそうした方が幸せだと言われているから、というのもあると思います。「正解は良いことだ」という価値観にひたひたになったシステムを潜り抜けてきたからかもしれません。

 人生にあるのは選択とその結果起きた出来事です。それは正解でも不正解でもありません。ラヒリの小説は、数々の選択の結果を淡々と綴っているような気がします。そしてそれが堆積していく感覚。そこに書き手の「こうあるべき」という眼差しは不在です。

 「そうあるべきだよね?」から逃れるのが小説であり、多くの物語は決められた枠組みを疑い抵抗し解放されていく、そのプロセスを書いていると思うのですが、ラヒリの小説は本当に「こうあるべき」という思想が薄くて、だから読んでいて安心するのかもしれません。食卓のシーンが登場するのも好きです。やっぱり食べ物の描写を読むのが好きなんだよな…私。

 

 ということで、8作ともどれも素晴らしかったです。満場一致で賞を受賞したのも頷けます。